2019.11.22 Friday

大祓とは

水引.jpg 大祓とは

 

大祓は、記紀(古事記・日本書紀)神話みられる伊弉諾尊(イザナギノミコト)の禊祓(みそぎはらい)を起源として、古くは宮中において国家国民の祓としておこなわれてきました。

※禊祓は、黄泉の国から戻った伊弉諾尊が身を清めるため海水で禊をおこなったとする神話に基づきます。

中世以降は、各神社でも年中行事として普及し、6月の夏越(なごし)の祓、12月の年越(としこし)の祓といわれ年2度おこなわれています。

大祓詞を唱え、人形(ひとがた:人の形に切った白紙)を用いて、身についた半年間の穢れを祓い、厄よけ、無病息災を祈り、茅(かや)を束ねた茅の輪(ちのわ)を3回くぐります。

「水無月の なごしの祓 する人は ちとせの命 のぶといふなり」 『拾遺和歌集』

夏越の祓では、和歌が詠まれており、人々にも身近な行事であったことがうかがえます。

 

水引.jpg 茅の輪と蘇民将来

 

大祓では人がくぐれる大きさの茅の輪をくぐります。また、神社によっては、茅の輪の形をしたお守りが頒布されております。

この茅の輪は奈良時代初期に編纂された『備後国風土記(びんごのくにふどき)』に残される伝承「蘇民将来」が関わっているとされています。

ある時、武塔神(むとうのかみ)が旅の途中で一晩の宿を借りようとしたところ、裕福な弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は断り、貧しい兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は粗末ながらも武塔神をもてなしました。後日、武塔神は蘇民将来を再訪すると、自分は須佐之男命(スサノオノミコト)であると明かしたうえで、茅の輪をつけさせました。そして、茅の輪をつけていれば、疫病を避けることができると教えました。その後、茅の輪をつけた蘇民将来の一族は疫病を避け、栄えたとされております。

この伝承がもととなり、茅の輪の力にあやかり、各神社では夏越の祓に大きな茅の輪をくぐり抜け、暑い夏を病気なく健康に過ごす行事となりました。

※茅の輪くぐりや夏越の祓には地域や神社によって様々なやり方があるようです。

 

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